東京装画賞序論 _ 東京装画賞

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お知らせ・更新履歴

2012.05.06
2012.05.01
」の副賞を更新しました。
2012.04.25
東京新聞2012年4月12日(木)夕刊に、東京装画賞について記事が掲載されました。
2012.04.24
玄光社イラストレーション2012年6月号 no.194に、会員の高野謙二さんが装画/装丁をする「自分の好きな本を装う」が掲載されました。
2012.04.18
新しい賞が創設されました。銅の本賞の副賞として、秋山孝ポスター美術館長岡賞(一般部門1本、学生部門1本)
2012.04.02
新しい賞が創設されました。東京装画賞 平和紙業賞(一般部門1本、学生部門2本)
2012.03.25
新しい賞が創設されました。東京装画賞 銀の本賞の副賞として、
日清紡ペーパープロダクツ賞(◎一般部門:1本・賞金10万円、◎学生部門:1本・賞金5万円)
2012.03.25
図書新聞 第3047号(2012年1月28日)に、宮川会長と秋山実行委員長の対談記事が掲載されました。
2012.03.15
ダ・ヴィンチ No.216 2012年4月号」「公募ガイド 2012年4月号」に、秋山審実行委員長のインタビューが掲載されました。
2012.03.07

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東京装画賞序論

秋山孝 東京装画賞実行委員長

なぜ「装画」なのか?

電子ブックが台頭している今日、いまさら「装画」なんて時代に逆行しているように思うかもしれない。しかし、そうなのだろうか。電子ブックの登場した今だからこそ、装画の力・装画の美を見直し、再認識しなければならないと考える。紙と印刷からできた人類最大の記録、つまり書物の形が電子メディアへと変革する時代になった現在、まさに新たな概念や思考のパラダイムの立て直しが必要だ。基本となるビジュアルコミュニケーション力を、このパラダイムの中で再構築する。そして絵と文字によって成立する「装丁」とは何かということをあらためて認識をするために、「東京装画賞」というコンペティションが必要だと考える。

東京装画賞の背景

中国の蔡倫が一○五年に文字を記す紙を開発したと言われている。その紙は現在もなお、書物として人類の知の森に多大な影響を与えている。さらにヨハネス・グーテンベルクが一四四五年頃に活版印刷術を発明し、大量印刷を可能にし、情報伝播の速度を飛躍的に向上させた。そして近年は電子メディアの記録能力や速度が、紙と印刷以上のものになり、新たな時代を作り上げている。一九八○〜九○年代に文字や画像情報をデジタルデータに編集加工した、電子出版ブームが生まれた。また技術の進歩と社会の変化の中で、次々と新しい電子記録媒体が登場し続けてきたが定着することなく、現在もなお変化し続けている。それは、電子機器のディスプレイで読む電子書籍のことを指している。デジタル画像としての文字と絵の情報を電子ファイルにすることによって、印刷、製本、流通を合理化できた。

現在の状況

現在は、書物の危機と大きく叫ばれていたりするが、そのコンテンツが動画と異なるもの以外は、さほど変化を見ることができない。ページをめくる機能や、パッケージとなる機器の違いはあるにせよ、情報をバインドすることには変わりはなく、「ブック」というキーワードはそのまま活用されている。また、文字とイラストレーションもこれまでと同様に活かされている。ただし、紙やインクにあった質感は無い。アナログとデジタルとの違いが実態だ。現在に生きる本のデザインに関係する我々は電子ブックとどのように関わったら良いのか、重要なのは発想の転換ではなく、これまでのメディアを俯瞰し、共通点を求めることではないだろうか。そこで、まず日本の装画の歴史を辿りたい。そして、もし違いがあるとすればそれは何かを問い直さなければいけない。

日本の装画の始まり

日本の装画の始まりは、歌川国貞(一七八六〜一八六四)が描いた「正本製」で、柳亭種彦著の合巻第四編上巻「お染久松色読販」だ。人気演目の翻案を芝居の脚本風に仕立てたシリーズで、国貞の挿絵とあいまって歌舞伎趣味に満ち、柳亭種彦は名声を博した。舞台の名場面は名女形・五代目岩井半四郎の、お染の七役の早変わりだ。上巻の表紙は半四郎のお染の姿を流麗に描き、下巻の表紙には傘に隠れている半四郎、その下巻の表紙裏には早変わりの舞台姿の半四郎を描いている。タイポグラフィは、歌川国貞が描いた半四郎の背後にあり、一部読めるが暗示に留めている。文字と装画によってまるで舞台をみているかのような斬新で品格のある装丁となっていて、上下巻揃ってシリーズ本の魅きつける面白さが巧みに表現されている。ぼくはこの装画・装丁の関係が日本最古の価値ある関係と位置づけている。

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= 柳亭種彦「正本製」第4編上巻「お染久松色読販」、装画・装丁:歌川国貞
中央 = 第4編下巻
右 = 下巻表紙裏

明治・大正・昭和初期の装画・装丁の巨匠

明治・大正・昭和初期の巨匠小村雪岱(一八八七〜一九四○)は、川越生まれ
で東京美術学校に入学し、日本画家・下村観山教室で学んだ。当時の見事な装丁本の一つとして鏡花本が挙げられる。その装画・装丁は、鏑木清方(一八七八〜一九七二)、鰭崎英朋(一八八○〜一九六八)、橋口五葉(一八八○〜一九二一)らの手によって行われた。一九一四(大正三)年に、泉鏡花の『日本橋』の装丁で評価を得、それ以後はほとんどを雪岱が手がけるようになり、装画・装丁家としての小村雪岱の誕生となった。雪岱の仕事はどれをとっても伝統絵画の研究・浮世絵の系譜をもとに繊細な美が表れていて、江戸情緒の濃いまさに春信の影響から独自性が生まれた。さらに当時の生きたデザインの感覚が随所に見られ、様々な仕事に反映されている。装画・装丁のみならず、一九一八(大正七)年、資生堂意匠部に入社して雪岱スタイルを確立し、資生堂デザインの創世記を作り上げた。一九三三(昭和八)年に朝日新聞に連載された邦枝完二著の「おせん」の挿絵で白と黒の美を生かし、挿絵界に新風をもたらした。そして同時代には一世を風靡した巨匠・杉浦非水(一八七六〜一九六五)、竹久夢二(一八八四〜一九三四)という新しい感覚を持った表現者がいた。また、装画・田中恭吉(一八九二〜一九一五)、装丁・恩地孝四郎(一八九一〜一九五五)の二人は、萩原朔太郎の処女詩集『月に吠える』(一九一七)の装画・装丁の名作を残す。

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左= 鏑木清方『銀砂子』、装画・装丁:小村雪岱(岡倉書房、1934年)
右= 泉鏡花『日本橋』、装画・装丁:小村雪岱(千章館、1914年) 


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左= 小村雪岱「おせん」(1941年頃、木版)
中=「ポスター研究雑誌 アフィッシュ AFFICHES」、装画・装丁:杉浦非水(1927年)   
右=「新少女」、装画・装丁:竹久夢二(婦人之友社、1915年)


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左= 萩原朔太郎『月に吠える』、装画:田中恭吉、装丁:恩地孝四郎(感情詩社・白日社、1917年)
右= 横光利一『機械』、装画・装丁:佐野繁次郎(白水社、1931年) 

表現豊かな装画

装画の表現は豊かで自由だ。この観点から眺めると、装画の表現は個人の持っている感性豊かな芸術性が求められる。となると、そこにおいて画家や版画家が創作した装丁は新たな魅力を放つ。その一人に洋画家の佐野繁次郎(一九○○〜一九八七)がいる。自分の創作の追求の結果、装丁のわずかなスペースをいかんなく発揮し、表現の豊かさを見せてくれた。繁次郎は、大阪市船場の筆墨商の家に生まれ小出楢重に師事した。繁次郎の
友人であり良き理解者である「新感覚派の天才」と呼ばれた横光利一は、繁次郎に数多くの挿絵・装画・装丁を任せた。その結果、一九三一年に白水社から出版した横光利一の『機械』や、改造社の『旅愁(第一篇〜第三篇)』などが生まれる。装丁の中に自分の書き文字(タイトル)を使うことを特徴としている。棟方志功(一九○三〜一九七五)は、一九六五年に出版された谷崎潤一郎の『鍵』の表紙及び函を、彼の装画(木版画)で装丁している。特に函の白黒の装画が光っている。
 そのほかにも文豪ラフカディオ・ハーンの、松江を舞台にした怪談『The Goblin Spider(化け蜘蛛)』(一八九九年)のちりめん本や、川端康成著『伊豆の踊り子』(一九二六年、金星堂)、プロレタリア文学小林多喜二著、戦旗社版の『蟹工船』(一九二九年)に、特に心を魅かれる装画が描かれている。

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左= 横光利一『旅愁(第二篇)』、装画・装丁:佐野繁次郎(改造社、1940年) 
中= 谷崎潤一郎『鍵』、装画・装丁・函:棟方志功(中央公論社、1956年)
右= ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)『The Goblin Spider(化け蜘蛛)』、装画:鈴木華邨(長谷川弘文社、1899年)

問い直すものは何か

時代の変革による書物の危機は、アナログの紙メディアから電子メディアへと記録媒体が移行することから起こっている。どのようなメディアになろうとも見いだされる共通点、それこそが必要不可欠な要素である。その要素のひとつは文字、もうひとつはイラストレーションだ。上質な文字・上質なイラストレーションは消え去るものではないし、その質の高さはいつの世も求め続けられている。前述で述べた引用作品を見て分かるように、表現の力は計り知れない。それはどんなにメディアが変化しようとも人間の心を支配する感情である。その認識を基本とすれば、装画家の役割が見えてくるだろう。問い直すものはやはり、そこに生きている人々に感動を与える装画と装丁の創作を提供することだ。そこにあらゆるメディアに対応できる普遍性を導きだす新たなパラダイムの地平が見えてくるのである。幸いにも日本は江戸時代から印刷、出版文化と共にすばらしい装画や装丁文化の歴史を持つ。

その歴史を背景にこの東京から、「東京装画賞」を発信することは、装画装丁の価値の高さを問いただし、日本図書設計家協会が誇りを持っておこなうべき社会への提案だと考える。











雑誌掲載記事

ダ・ヴィンチNo.216 2012年4月号LinkIcon
公募ガイド 2012年 4月号LinkIcon
図書新聞 第3047号 2012年1/28LinkIcon
イラストレーション 2012年6月号LinkIcon
東京新聞2012年4月12日(木)夕刊LinkIcon

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