ナウリコット村の子どもたちと絵を描く旅-2

「感動をありがとう」

実行委員 金 斗絃

IMG_2314.jpg2度目になる今回の訪問では、予想もしていなかった喜びが待っていました。前回に蒔いた種からこんなにも早く芽が出てくるとは思ってもいなかったのです。そして、ポカラの師範学校での実りのある時間を持つことができたのも嬉しい限りです。私たちの力は小さく、ささやかな援助に過ぎませんが、ちいさな「からし種」が大きくなる希望を持つことができました。

ナウリコット村とコバン村の小学校
昨年(2008年2月)の子どもたちとの交わりは素晴らしいものでしたが、短い時間のなかで伝えることはわずか、言葉の通じないもどかしさから長い道のりと考えていました。教師たちに「子どもの絵の発達過程」をレクチャーしたときも、伝わっているのかどうか確信を持つことができませんでした。昨年持ち込んだクレヨンも他の学校に寄付したとの情報もあり、一回限りのイベントに過ぎなかったのかなと危惧していました。
 しかし、ナウリコット村の小学校に着いた時、つくえの上に積み上げていた「お絵かき帳」に感動しました。ページをめくるとそこにびっしり絵が描かれていたのです。相変わらずパターン化された絵が殆んどでしたが、自由な表現やその子自身の目で見た人物描写もあり、嬉しさがこみ上げてきました。コバン村の小学校でも互いに慣れたせいもあって、滞りなくワークショップを進められました。教師たちの積極的な参加も嬉しかったです。自分で考え、自分で感じる自由な表現の指導は難しいですが、岡野さんが担当した絵地図(学校から自分の家までの)作成は丸写しができないという意味からも面白い試みでした。京尾さんと田中さんの松ぼっくりに色をほどこすことや進藤さんのクラスの石ころに絵を描くのを見て、現地で調達できる素材を生かすのは大事と感じました。今後、画材や紙もネパールで手に入れることも検討したいです。

 ナウリコット村の小学校の先生たちと夕食を共にし、交流の時間を持てました。今後も現地の先生たちとコミュニケーションを密にし、要望や現状把握をしたいです。

ポカラ女子師範学校「さくら寮」
「日本ネパール女性教育協会」の山下泰子先生からの要望で、急遽スケジュールに組み込んだ「さくら寮」の訪問はとても意義のあるものでした。受け入れの問題で20人全員でいけなかったのは残念でした。参加者のみんなで分かち合うことができたら、どんなに素晴らしいだろうかと思いました。
 ポカラ女子師範学校「さくら寮」では各地から集まった先生の卵の女子たちが、2年間の教育を受けた後、自分の村に戻って小学校の先生になるのだそうです。ネパールの児童絵画教育は教師からと思っていましたので、願ってもない良い機会でした。彼女たちは私たちの授業をとても熱心に、そして貪欲に受けてくれました。
 絵のワークショップの他に菊仲さんの茶道、中尾さんと岩本さんの音楽の指導も行いました。山下先生から日本からのプレゼントされたピアニカを指導する人がいないとお聞きしたのですが、時間が足りずドレミの基本に終わりました。次回はピアニカを吹けるまでの時間の余裕をつくらなくては…。
 今回の2度目のプロジェクトは、感動の多い旅でした。20人の素晴らしい仲間(参加メンバー)の顔が思い出されます。夜遅くまで次の日の授業のために準備していたことや、笑いが絶えなかった楽しい出来事。はらはらしたり心配したことなど素晴らしい思い出になりました。岩本さんの美しい歌声も心に残っています。そして、私たちを案内したり周到な準備をしてくださった恵子さん、様々な面倒を見てくださったアルジュンさん。特にアルジュンさんの熱心な通訳がなかったら私たちの授業は成り立たなかったと思います。
 そして、国際交流基金、毎日新聞社、信徒の友、画材や寄付金の協力をして頂いた方々に、心から感謝の意を表します。

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ポカラ女子師範学校
「さくら寮」訪問指導のお礼

NPO法人日本ネパール女性教育協会理事長、
文京学院大学教授

山下泰子

山下先生.jpg 皆様、この度は、「さくら寮」でのご指導、まことにありがとうございました。
 私たちがこのプロジェクトをはじめたきっかけは、1999年3月、ランタンリルンの麓の村で出合った1人の少女の次のことばでした。彼女は、「私は、学校に行ったことがない。だから『夢』などもてない。ただ、運命にしたがって生き、死んでいくだけだ」といったのです。

このことに衝撃をうけ、私たちは、村の小学校に女の先生がいれば、きっと女の子が学校に行きやすくなると考え、「さくら寮」をつくって、女性教員の養成をはじめたのです。
 「さくら寮」の寮生たちは、とくに教育の遅れているネパールの極西部、中西部のバス道路から2日も3日もかかる山の中の村からポカラへ学びにきています。彼女たちの赴任する村の学校は、土間の教室に、黒板が1つあるだけというところが大部分です。机と椅子があればいい方で、それもないところもあります。ですから、情操教育関係の教科はほとんど行われていないのが実情です。残念ながら、教員養成のカリキュラムにも、情操教育科目はありません。
 そのような次第ですから、今回の金先生ご一行の「さくら寮」生に対する絵画や音楽などのご指導は、ほんとうに貴重なものでした。先生方のご指導は、寮生たちのこころに砂漠の慈雨のように深くしみ込んだことでしょう。それを村の学校で活かしてくれる日がくることを願っています。ありがとうございました。重ねてお礼申し上げます。

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「ネパール子供絵画教育プロジェクト」

「ナウリコット村の子どもたちと絵を描く旅」の
構想段階からアドバイザーとして協力/
多摩美術大学教授・イラストレーター

秋山 孝

秋山氏肖像ph.jpg人と人とのコミュニケーションの基本は、言語であり文字である。しかし、言語や文字だけではコミュニケーションは成立しない。暖かい心のコミュニケーションがなければ、豊かなコミュニケーションとは言えないだろう。その中で、絵によるコミュニケーションはどこに位置するのか。それは視覚による伝達で、ビジュアルコミュニケーションと呼ぶ。まだまだコミュニケーションの手段は多く、人間の持っている感覚(五感)全てがコミュニケーションの手段である。さらに、第六感という感覚があるというのだが、その辺りはなかなか言葉にできない魅力的なものだ。

 ネパールでは、子どもたちが自由に絵の表現を使ったビジュアルコミュニケーションをしていないという話を「ナウリコット村の子どもたちと絵を描く旅」のメンバーから伺った。その話はとても不思議に思っている。しかし「ナウリコット村の子どもたちと絵を描く旅」のメンバーは、とても楽しそうに話してくれた。それはネパールの持っている自然の美しさが、メンバーたちを自然の力で包み込み、楽しい気分にしているように思えた。しかも絵を描くことの楽しさもあって、二重にも三重にも重った感動の連続がそうしている。
 ぼくは、多摩美術大学でイラストレーション学のプロジェクトを持っている。イラストレーションがどのような機能を持っているか、またはその表現は何か、ということなどを研究している。「ナウリコット村の子どもたちと絵を描く旅」は非常に魅力的だ。メンバーたちはどのような意識を持って、子どもたちと絵を描いているのだろうか。それはどういうものなのか。何を目指しているのか。興味津々なのだ。昨年度もまた「子どもたちと絵を描く旅」に出掛け、今年も同じくネパール・ナウリコット村へ行くという強靭な動機づけは相当なものだと思う。ぼくは「ネパール子供絵画教育プロジェクト」と名づけたい。それは、ナウリコット村の子どもたちに、もう一つのコミュニケーションの手段を伝えに行き、絵の表現を通して感動と喜びを分かち合う。その強靭なプロジェクトにエールを送りたい。

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